大山のぶ代さんの遺産がすべて国庫に帰属するというニュースが話題になっている。
2024年9月に90歳で亡くなった大山さん。夫の砂川啓介さんは2017年に先立ち、お子さんもいなかった。個人事務所の株主は大山さんただ一人で、遺産を受け取れる関係者が誰もいない。目黒区の高級住宅街にあった自宅は2億円はくだらないと言われる土地に建つ豪邸で、それも含めたすべての資産が国庫に入る。
このニュースを見て、ずっと気になっていた砂川啓介さんの著書『娘になった妻、のぶ代へ』を読んだ。
Kindle Unlimitedで読み放題対象になっているので、加入している人はぜひ読んでみてほしい。
砂川啓介さんの愛が詰まった一冊
この本は、ドラえもんの声優として26年間活躍した大山のぶ代さんの夫・砂川啓介さんが、認知症になった妻の介護の日々を綴った記録だ。
砂川さんはNHK「うたのえほん」の初代体操のお兄さんとして知られる俳優で、1964年に舞台共演がきっかけで大山さんと結婚。おしどり夫婦として知られた二人だった。
2012年秋、しっかり者の姉さん女房だった大山さんがアルツハイマー型認知症と診断される。長年ドラえもんを演じてきた自分のことすら忘れてしまった妻。自宅介護に追い詰められていく夫。読んでいて本当に胸が締め付けられる。
砂川さんは大山さんのことを「ペコ」と呼んでいて、認知症が進行してもう妻としての人格が失われていく中で、「娘が来たと思えばいい」と受け入れていく。その姿に、人を愛するとはどういうことかを突きつけられる。
「決してペコより先に死んだりしない」と誓いながらも、2016年に自身が尿管がんを患い、大山さんを老人介護施設に入所させざるを得なくなる。そして2017年、砂川さんは80歳で先に旅立ってしまった。
涙なしでは読めない一冊だった。
棺の前で「お父さん」と呼んで、数分後には忘れていた
砂川さんの本だけでなく、もう一つ読んでおくべき記録がある。夫妻のマネージャーを約30年務めた小林明子さんが、砂川さんの死後に『文藝春秋』2017年9月号に寄稿した手記「大山のぶ代は夫 砂川啓介の棺に涙ぐんだ」だ。
2017年7月、砂川さんが尿管がんで亡くなった。小林さんは大山さんを斎場に連れて行き、棺の中の砂川さんと対面させた。
大山さんは棺で眠る砂川さんの顔を見て、「お父さん」と涙ぐみながら呼びかけたという。でも、その数分後には出口に向かってスタスタと歩き出してしまった。小林さんが「もう帰るの?」と聞くと、「帰る」とだけ答えたそうだ。
帰りのタクシーの中ではもういつも通り。運転手さんとの何気ない会話に普通に応じていて、数分前に夫の棺の前にいたことはもう忘れてしまっていた。
小林さんはこう語っている。「砂川さんの死を理解したのかどうか、本当のところはわかりません。棺の前で涙を流した。それだけは確かです」と。そしてその後、大山さんの口から砂川さんの話題が出ることはなかったという。
この話を読んだとき、正直、しばらく何も考えられなかった。
53年間連れ添った最愛の妻が、自分の死を数分で忘れてしまう。砂川さんは「決してペコより先に死んだりしない」と誓い、介護に人生を捧げた。でも、その砂川さんの死すら、大山さんの記憶には留まらなかった。これが認知症という病の現実だ。
でも、僕がこの本で一番考えさせられたのは「美談」の部分じゃない
砂川さんの愛情は本物だし、介護の壮絶さも伝わってくる。でも、正直に言うと僕がこの本を読んで一番強く思ったのは別のことだ。
「なぜ、こうなる前に生活習慣を変えなかったのか」ということ。
大山さんの病歴を時系列で並べてみる。
- 2001年(68歳):直腸がんが判明し手術。このとき糖尿病も発覚。
- 2008年(74歳):脳梗塞で倒れ緊急入院。言葉が出ない、足し算ができないなどの後遺症。
- 2012年(78歳):アルツハイマー型認知症と診断。
- 2024年(90歳):老衰で死去。最後の12年間は認知症との闘いだった。
そしてその背景にあったのが、以下の生活習慣だ。
1日2箱のヘビースモーカー
大山さんは芸能界でも知られた愛煙家で、1日2箱を吸うほどだった。喫煙は脳梗塞の最大のリスク因子の一つ。血管を傷つけ、血栓を作りやすくし、脳の血流を悪化させる。脳梗塞後に認知症になる「脳血管性認知症」のリスクも跳ね上がる。
糖尿病の放置
直腸がんの検査で糖尿病が判明したが、食道楽だった大山さんの食生活が劇的に変わった様子は本の中からは読み取れない。糖尿病は「万病のもと」と言われるほど全身の血管をボロボロにする。がん、脳梗塞、認知症、すべてのリスクを押し上げる。
肥満体質と食道楽
大山さんは料理研究家としてミリオンセラーの料理本を出すほどの食道楽。砂川さんとの共著『おもしろ酒肴』は136万部を超えるベストセラーだった。食べること自体は素晴らしいことだけど、糖尿病を抱えながらの食生活の管理は別問題だ。
朝11時まで寝ている生活
芸能人には夜型の人が多いが、大山さんも朝11時まで寝ているような生活だったという。不規則な睡眠リズムは体内時計を狂わせ、ホルモンバランスを崩し、血糖値のコントロールを悪化させる。近年の研究では、睡眠の質と認知症リスクの関連も明らかになっている。
脳トレよりも、まず生活習慣
本の中で砂川さんは、認知症予防のために夫婦でクイズやしりとりをしていたと書いている。いわゆる「脳トレ」だ。
でも、1日2箱のタバコを吸い、糖尿病を放置し、肥満を改善せず、朝11時まで寝ている生活を送りながら脳トレをしても、それは焼け石に水だ。
脳梗塞の3大リスク因子は「高血圧・糖尿病・高脂血症」、そしてそこに「過度の喫煙」が加わる。大山さんはこのほぼすべてに該当していた可能性が高い。
もちろん、認知症の原因は複合的で、生活習慣だけで100%防げるものではない。遺伝的な要因もある。でも、リスクを大幅に下げることはできたはずだ。
喫煙をやめていたら。糖尿病を真剣に管理していたら。適正体重を維持していたら。朝型の規則正しい生活を送っていたら。
直腸がんにも、脳梗塞にも、そして認知症にもならなかったかもしれない。少なくとも、発症を遅らせることはできたかもしれない。
そうすれば、夫婦で描いた「終の棲家で二人で笑い合う老後」は実現していたかもしれない。砂川さんが一人で介護に追い詰められることもなかったかもしれない。
お金があっても、健康がなければ意味がない
大山さんの遺産は推定で数億円規模。声優としてのギャラだけでなく、ミリオンセラーの料理本の印税、目黒区の豪邸、個人事務所の資産。一般的に見れば「成功者」そのものだ。
でも、その巨額の資産は認知症になった大山さん自身の幸せには使われることなく、最終的に国庫に入る。大山さんは最後の12年間、自分がドラえもんだったことすら覚えていない状態で施設で過ごした。
砂川さんも、大山さんの介護のために自分の仕事をセーブし、最終的には自身もがんに倒れた。バリアフリー設計のジャグジー付き豪邸は、二人とも住めなくなり空き家になった。
お金は「健康な心身」があって初めて使える。
どれだけ稼いでも、どれだけ資産を築いても、健康を失った瞬間にそのお金の大半は「自分の幸せ」のためには使えなくなる。介護費用、医療費、施設費用──お金は出ていくけれど、それは「幸せに生きるため」のお金ではなく「生き延びるため」のお金だ。
僕が毎朝走る理由
僕は毎朝ランニングとダッシュと筋トレをしている。睡眠の質もOuraリングで毎日チェックしている。体脂肪率も体組成も記録している。
正直、めんどくさい日もある。朝起きて走るより、布団の中にいたい日だってある。
でも、大山さんと砂川さんの物語を読んで、改めて確信した。
健康は、未来の自分と、未来の大切な人への最大の贈り物だ。
大山さんが健康でいられたら、砂川さんは介護で消耗することなく、二人で笑い合う老後を過ごせていたかもしれない。巨額の資産だって、二人で旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、「幸せに使い切る」ことができたかもしれない。
「脳トレ」も「クイズ」も「しりとり」も、やらないよりはやった方がいい。でも、その前にやるべきことがある。
- タバコをやめる
- 血糖値を管理する
- 適正体重を維持する
- 毎日体を動かす
- 早寝早起きで睡眠の質を上げる
地味だけど、これが最強の認知症予防であり、がん予防であり、脳梗塞予防だ。
「僕のドラえもん」が完全に終わった
そしてもう一つ、書いておきたいことがある。
2026年3月6日、アニメーション監督の芝山努さんが肺がんで亡くなった。84歳だった。
芝山さんは1983年の『のび太の海底鬼岩城』から2004年の『のび太のワンニャン時空伝』まで、映画ドラえもんシリーズの監督を20年以上にわたって務めた方だ。TVシリーズのチーフディレクターでもあった。
大山のぶ代さんの声。芝山努さんの演出。僕ら世代にとって「ドラえもん」とは、この二人が作り上げた世界そのものだった。
大山さんが2024年9月に亡くなり、芝山さんが2026年3月に亡くなった。「僕のドラえもん」を形作っていた二本の柱が、どちらも失われた。子供の頃、毎週金曜日の夜7時にテレビの前で正座していたあのドラえもんは、もう完全に過去のものになったんだと実感する。
だからこそ、このアイキャッチにはドラえもんとのび太を描いた。砂川さんの本の表紙──寄り添う夫婦の構図を、ドラえもんとのび太に置き換えて。大山さんにとってドラえもんは我が子同然の存在だった。その二人が肩を寄せ合う絵は、大山さんと砂川さんの絆そのものでもある。
まとめ:資産より先に守るべきもの
大山のぶ代さんの遺産が国庫に入るニュースは、相続や終活の問題として語られがちだ。でも僕にとっては、それ以上に「健康を失うことの代償」を突きつけられるニュースだった。
砂川さんの本を読んで、愛する人の記憶が失われていく残酷さ、介護の壮絶さ、そして「あの時こうしていれば」という後悔の重さを感じた。
資産をいくら積み上げても、健康寿命が尽きた瞬間に、それは自分のためのお金ではなくなる。
だから僕は明日も朝起きて走る。
大切な人と、健康なまま笑い合える未来のために。
この本を読んでみてほしい
砂川啓介『娘になった妻、のぶ代へ ─ 大山のぶ代「認知症」介護日記』(双葉社)
Kindle Unlimitedに加入している人なら読み放題で読める。認知症介護のリアルを知るためにも、「健康でいることの大切さ」を実感するためにも、一度は読んでおくべき一冊だと思う。読了時間は2〜3時間ほどだけど、涙で何度も手が止まるかもしれない。
