別に盛ってない。ある日の事実をそのまま書く。
午前中にとある案件のラフとイラストを数点納品した。クライアントから「カッコいいです」「いつも大変勉強になります」と返信が来て、夜にはまた別の案件が飛んできた。締切は1週間先だが1時間ほどで納品。合計で約80万。さらに別の案件の入金を合わせて、この日だけで100万を超えた。
そして同じ日、インデックスファンドが前日比で約1000万増えていた。自分は何もしていない。戦争が落ち着き、朝のランニングから帰ってきたら増えていた。
100万は自分の手で稼いだ金。1000万は寝てる間に増えた金。両方が同じ日に起きた。
15年前の自分が聞いたら信じない
かつての自分は、5週間で256枚のイラストを清書していた。名前がクレジットに載ることはなかった。中間に何社も挟まれて、単価は叩かれていた。身体は悲鳴を上げていたけど「これが普通だ」と思っていた。
苦労するのが当たり前と洗脳されていた。
今は違う。クライアントと直接やりとりして、ラフに特化して、自分の判断で仕事を選んでいる。午前中に仕事が終わる日もある。清書でヒーヒー言っていた頃とは、同じ仕事でも中身がまるで違う。
あの頃の自分に「15年後、お前は1日で100万稼いで、夜は栄養ドリンク飲むか悩んでるぞ」と言っても、絶対に信じないだろう。
「もう金はいらない」と思ったら、金が増えた
数年前まで、自分は投資であれこれ手を出していた。仮想通貨を買い、個別株をいじり、IPOに参加し、あちこちの証券口座を開いた。増やしたい、増やさなきゃ、という焦りがあった。
ある時、全部やめた。仮想通貨は全売却。証券口座は整理。投資先はインデックスファンド一本に集約した。「もうこれでいい」と思った瞬間、肩の荷が降りた。
そしたら増え始めた。勝手に。自分は何もしていないのに。
執着を手放すと流れ込んでくる、というのはよく聞く話だけど、本当にそうだった。金がいらないと思えるくらいの状態になって初めて、金が向こうから来るようになった。
減る日もある。当然。
ただ、これだけは書いておく。1000万増えた日の翌日に、500万減ることもある。1000万減ることもある。政治が動けば一晩で数百万が消える。実際、つい最近も中東情勢で市場が大きく揺れた。
でも、それを含めて「何もしない」と決めている。インデックスファンドは10年、20年の時間軸で見るものだから。増えた日に喜びすぎず、減った日に慌てない。それだけを守っている。
資産が数億あっても、日々の値動きに一喜一憂していたら意味がない。むしろ数億あるからこそ、1日の変動が1000万単位になる。その事実を受け入れた上で「何もしない」を選べるかどうかが、長期投資の本質だと思っている。
技術で稼ぐか、好意を換金するか
最近、TikTokやYouTubeで「投げ銭」「スパチャ」「ギフト」で稼ぐ人が増えた。ライブ配信で数時間しゃべって、視聴者の好意をそのまま金に変える。否定はしない。それもひとつのビジネスモデルだと思う。
でも、自分には向いていない。というより、やりたくない。という話は以前に書いた。
自分が稼ぐ100万は、13年以上かけて磨いた技術に対してクライアントが払う対価だ。「この人に描いてほしい」という指名が来て、描いて、納品して、「カッコいい」と言われる。その繰り返しで成り立っている。
投げ銭は「この人が好きだから」で金が動く。技術対価は「この人にしかできないから」で金が動く。似ているようで、まったく違う。
好意は移ろう。今日推されている配信者が来月も推されている保証はない。ファンの気分が変われば、収入は一瞬で消える。ファンにだって自分の人生があるからいつ目が覚めるか怖いし、いつ好意が恨みに変わるか怖い。
でも技術は移ろわない。13年かけて積み上げたものは、誰かの気分では消えない。クライアントが「この人にしかできない」と判断する限り、仕事は来続ける。しかも技術は年々研ぎ澄まされるから、単価は上がることはあっても下がることはない。
高級ワイン片手にライブ配信でしゃべって投げ銭を集めるのと、午前中にラフを数点描いて80万稼ぐのと。どっちが持続可能で、どっちがかっこいいかは、人それぞれだと思う。
少なくとも自分は、技術の側にいたいし、それが世に出たときにさらにファンが喜ぶから良い循環になる。
「サボってる」という罪悪感
実は、この日の夜に思った。「なんかサボってないか、自分」と。
午前中に仕事が終わって、午後は自由で、それで100万稼いでいる。以前の自分なら、夜中まで清書して、身体を壊して、それでやっと「ちゃんと働いた」と思えていた。あの基準がまだどこかに残っている。
でも冷静に考えれば、あの頃が異常だったのだ。
5週間で256枚。名前はクレジットに載らない。中間搾取で単価は叩かれる。身体はパンパンで限界。あれが「普通」だったのではなく、あれが「異常」だった。今が普通なのだ。
実力に見合った単価で、直接取引で、自分の名前で仕事をして、身体も壊さず、午前中に仕事が終わって、ちゃんと稼げている。これが本来あるべき姿だった。15年かかったけど。
身体に無理して働くのは、もうやめた
100万稼いで1000万増えた日に思ったのは、「もう身体に無理して働くのはアホらしい」ということだった。
以前の自分は、20点の清書案件が来たらヒーヒー言いながら何日もかけて仕上げていた。今は同じ案件をラフだけ出して終わる。クライアントはそれで満足している。むしろラフの方が自分の持ち味が出るとさえ言われる。「楽しんで描いているときが一番いいですね」と言ってくれ、尊重してくれる大企業のプロデューサーもいる。
体脂肪率は8~12%台。毎朝走れている。高タンパクの食事を摂って、睡眠をリングで管理して、自分史上最高の身体を40歳で作れている。清書で身体を壊していた頃とは別人だ。
健康寿命が終わる前に、やりたいことを全部やる。稼いだ金は使い切る。そのためには、身体が資本だ。100万稼ぐより、身体を壊さないことの方が、よっぽど価値がある。
確変ではなく、構造が変わった
「うまくいきすぎて怖い」と一瞬思った。でも、これは運がいいのではなく、構造を作ってきた結果だと気づいた。
中間搾取から直接取引へ。清書からラフ特化へ。分散投資からインデックス一本へ。全部、自分で決めて、自分で壊して、自分で作り直した。
15年かけて設計した構造が、やっと回り始めただけだ。確変モードに入ったのではなく、ステージが変わったのだ。確変はいつか終わるけど、構造は自分から壊さない限り終わらない。
1日で100万稼いで、勝手に1000万増えた。そういう日が、これからは「普通」になる。
こういうときほど脇が甘くなるので調子に乗らずにこれからも誠実に生きていく。
