先日、ある案件を納品した。
納品後、クライアントから返ってきたメールに「気合を入れて作ります!」という一文があった。僕のイラストを受け取った次の工程の職人さんに向けた言葉だ。
嬉しい言葉だった。でも、僕がその職人さんに何か伝えるなら、この言葉は使わないだろうなと思った。
代わりに「楽しみにしております」と書いた。
「気合入れろ」の暴力性
なぜ「気合入れて」を使わなかったのか。
それは、かつて自分がその言葉を受ける側だったからだ。
駆け出しの頃、1枚数千円の仕事をしていた時期がある。生活のために受けるしかない金額で、それでも全力で描いていた。そのときに何度か言われた。
「気合入れてお願いします!」
言う側に悪気はないのだろう。むしろ「期待してるよ」というポジティブな意味で使っていたのだと思う。
でも、受け取る側の心理は違う。
「この金額で、これ以上何を求めるんだ」
そう感じた。気合を入れていない仕事なんてしたことがない。安い仕事だからこそ、次に繋げるために必死で描いている。なのに「気合入れて」と言われると、まるで普段は手を抜いていると思われているような気がした。
報酬は「敬意の翻訳」である
この問題の本質は、報酬と言葉のバランスにある。
十分な報酬を払った上での「気合入れてください」は、純粋な期待の表明だ。相手の技術に対する信頼があり、その対価を支払っている。だから成立する。
しかし、最低限の報酬しか払っていないのに「気合入れて」と言うのは、構造的に矛盾している。気合を入れてほしいなら、気合を入れられるだけの報酬を提示するのが先だ。
報酬とは、金額そのものが相手の仕事への敬意を表している。言葉で「リスペクトしてます」と言うのは簡単だが、見積もりの金額にそれが反映されていなければ、言葉は空回りする。
「される側」の経験が「する側」の振る舞いを変える
今の僕は、ありがたいことに業界内でそれなりのポジションで仕事をさせてもらっている。
だからこそ、同じプロジェクトの他のセクションに対してコメントするとき、あの頃の記憶が効いてくる。
相手がいくらもらっているかは知らない。でも、プロとして受けている仕事に対して「気合入れろ」は要らない。プロはみんな、すでに気合を入れている。
だから僕は「楽しみにしています」と書く。
これは相手の仕事を信頼しているという表明であり、「あなたのアウトプットに期待しています」という意味を、相手のプライドを損なわない形で伝える言葉だ。
クリエイターへの発注者に伝えたいこと
もしあなたがクリエイターに仕事を依頼する立場なら、ひとつだけ覚えておいてほしい。
「気合入れてお願いします」と気持ちよく言える金額を、先に提示してください。
十分な報酬を提示した上でなら、その言葉は最高の応援になる。でも、そうでないなら、その言葉は相手を追い詰めるだけの呪いになりかねない。
報酬と敬意はセットだ。片方だけでは、長くは続かない。
