先日、打ち上げパーティーに参加してきた際に、開発チームや経営陣の方々から伺った作品の反響の大きさが、本当に凄まじかった。
具体的な数字はここには書けませんが、エンタメの選択肢が無限にあるこの令和の時代に、これだけの規模で人が動き、熱狂している。その事実に、いちクリエイターとして震えるほどの感動を覚えました。
この熱気を肌で感じながら、ふと自分のキャリアを振り返っていました。
手前味噌ですが、昔から
「僕が関わると、そのコンテンツがなぜか伸びる、あるいは再燃する」
そんな不思議な巡り合わせがありました。
たとえば、『ヤッターマン』の実写とアニメの同時展開に関わらせていただいた時。
そして何より、『ドラゴンボール』。
長年愛され続けてきたこの作品ですが、僕が深く関わるようになった時期と、近年の世界的な再評価・再ブームの流れが、ありがたいことに重なっています。
これは単なる「運」なのか。
──最近、ようやくその理由を自分なりに言語化できるようになってきました。
それは僕が、
「エンタメが国民的な共通言語だった、最後の時代」に生まれ育った人間だからだと思っています。
僕らが子供の頃、テレビは家の中心にありました。
クラス全員が同じアニメを観て、同じゲームに熱狂し、翌日の学校では昨夜の番組の話題で盛り上がる。
「知らない」ということ自体が、ほとんど存在しなかった時代です。
あの理屈を超えた熱量、空気感、共有体験。
僕はそれを、知識ではなく身体感覚として覚えています。
だからこそ、今の時代に過去の名作やビッグタイトルを扱うとき、
ただ絵を綺麗にするだけでは足りないと思っています。
「当時、ファンは何に心を震わせたのか」
「あの熱狂の正体は、どこにあったのか」
その“核”の部分を掴み取り、今の技術で再構築すること。
そこに、僕は全力を注いでいます。
今、クリエイターの前には「無料の壁」が立ちはだかっています。
無料で楽しめるものが溢れる中で、
「お金を払ってもらう」ことのハードルは、僕らが子供だった頃より遥かに高い。
だからこそ、小手先ではなく、本物しか残らない。
「当時を知る世代」のDNAを持ち、
それを現代の技術で昇華させること。
もし僕の描くイラストが、
その作品が再び火を灯すための“着火剤”になれているのなら、
これほど光栄なことはありません。
現在進行形で描いている一枚一枚にも、
あの頃の僕らが感じた「ワクワク」を、確かに詰め込んでいます。
僕が関わる限り、そのコンテンツは面白くする。
そんな覚悟と誇りを胸に、これからもペンを走らせていきます。
