今日は『ドラゴンボール ゲンキダマツリ』の配信を、仕事をしながら事務所で静かに見守っていました。
3月発売の『フュージョンワールド』新弾や、各種サプライの新情報。 画面いっぱいに映し出される、作品の「顔」となるビジュアルたちを眺めながら、胸に込み上げるものがありました。
華やかなステージ、会場を包む歓声。 そして、ゲストの伊藤英明さんがカードを食い入るように見つめる姿。 あの空間でスポットライトを浴びているのは、間違いなくあの絵たちです。
ふと、こんな言葉を思い出しました。 「陰徳(いんとく)を積む」。
人に知られないように善い行いをすること。 そして最近は、「名前を出さないことで、作品がいちばん強くなる状態」だとも感じています。
これだけ大規模なプロジェクトで、 パッケージやスリーブ、最高レアリティといった 構造上、いちばん視線が集まる部分を任されながら、 あえて名前が出ず、会場にも呼ばれず、 ただ作品だけが一人歩きして称賛を浴びていく。
一見すると、少し寂しい立場に見えるかもしれません。
でも、運や流れの視点で見ると、これはむしろ最強の状態なんですよね。
自分の分身たちが表舞台で何万人もの人を熱狂させている一方で、 本人は影にいて、そのエネルギーを静かに受け取っている。 外に放たれた熱を、内側に溜め込んでいるような、表には見えない元気玉が、静かに溜まっていく感覚です。
実は先日、ある世界の「生みの親」とも呼べるレジェンドの方と、 二人きりで言葉を交わす機会がありました。
そこで頂いた、震えるようなお言葉。
『言われなければ、見分けがつかない』
その言葉は、クリエイターとしての「個」が消え、 完全に作品の世界と一体化できたという、これ以上ない「お墨付き」でした。
名前というラベルがなくても、 「本物」だと感じてもらえれば、それが正解。 この秘め事(シークレット)を胸に持っているだけで、私は十分です。
ステージの上の彼ら(カードたち)は、本当にいい顔をしていました。
今日は一人でアルギニンで乾杯して、
その熱と徳を、次の仕事のために受け取っておきます。
