先日、ある展示の中で撮られた一枚の写真を、何度か見返していた。
壁一面に、驚くほどたくさんの絵が並んでいる。
上手い絵もあれば、正直そうでもないものも混ざっている。
よくある、雑多な現場の風景だ。
その中で、ある人物が中央の悟空を指さしている。
一見すると「その悟空が主役」の写真に見える。
でも、どうしても引っかかる点があった。
指さされている中央の悟空は、なぜか半分しか写っていない。
写真として考えると、少し不自然だ。
普通なら、評価している対象をしっかりフレームに収めるはずだから。
一方で、背景に並ぶ三体――
SS3、ブルー、身勝手――
この三体は、驚くほどはっきりと、ガッチリと画面に収まっている。
量が多い展示の中で、
偶然そうなることも、もちろんあり得る。
でも、三体すべてが「線の読める距離と角度」で揃って写るのは、
正直、かなり珍しい。
写真を撮る側にとって、
この構図は「簡単な選択」ではない。
むしろ、中央だけを切り取るほうが、ずっと楽だ。
それでもこの構図になっている。
ここで僕は、
「評価は必ずしも言葉で示されるわけじゃない」
という、現場特有の空気を思い出した。
プロの世界では、ときどき
評価は 言語ではなく、距離感や配置、構図で示される。
褒めるでもなく、貶すでもなく、
ただ「どこを見せるか」「何を残すか」で語る。
この写真が、何を意図していたのか。
それを断定することはできないし、するつもりもない。
ただ、
・なぜ中央は半分なのか
・なぜ背景の三体は残されたのか
そうした違和感が、
「見る側に考えさせる構図」になっているのは確かだと思う。
評価されるというのは、
必ずしも名前を呼ばれたり、言葉をもらうことじゃない。
ときには、
フレームの中に“どう置かれたか”
それ自体がメッセージになる。
そんなことを、
久しぶりに思い出させてくれる一枚だった。
なお、今回触れているのは、
特定の発言や人物そのものではなく、
あくまで“現場で見た一枚の写真”についての記録である。
