2026年3月。
年度末のこの時期、複数のIPから同時進行で案件が走っていて、正直キャパシティの限界と戦っている真っ最中だ。ありがたい話ではあるのだけど。
「あなたなしでは成り立たない」
先日、ある案件のクライアントからこんな言葉をいただいた。
「この案件のベースイラストは藤崎様の力なしには成り立たない」
10年以上この業界でやってきて、こういう言葉をいただけることが増えた。いや、正確に言えば、昔からそう思っていただけていたのかもしれないけれど、それを言葉にして伝えてくれるクライアントと、そうでないクライアントがいる。
この差は、実はクリエイターにとって非常に大きい。
僕たちフリーランスのイラストレーターは、基本的に一人で作業をしている。朝起きて、デスクに向かって、ペンタブを握って、納品して、また次の案件に取りかかる。その繰り返しだ。会社員のように同僚がいるわけでもなく、上司が「よくやったな」と肩を叩いてくれるわけでもない。
だからこそ、クライアントからの一言が、次の一枚を描くエネルギーになる。
3月のスケジュールが渋滞している
具体的なタイトルは書けないけれど、今月のスケジュールをざっくり並べるとこうなる。
- 某カードゲーム案件A:制作体制の見直しに伴う打ち合わせ。先方からアートディレクター含む複数名が参加するという、かなり本気の座組み。
- 某アプリ案件B:キャラクターデザインの新規依頼。先方から「ようやくまとまりました」とご連絡をいただき、来週MTGが入った。
- 某カード案件C:既に走っている大型案件。数十点規模のイラストが同時進行中。ラフアップと作画アップの締め切りが3月中に2つ。
これに加えて、既存の継続案件も並行して動いている。
正直に言って、「新規案件をお断りしようか」と思うこともある。でも、声をかけてくださるということは、僕の絵を必要としてくれているということだ。それはクリエイターとして、何よりも嬉しいことだし、簡単に手放していい信頼ではない。
この10年で変わったこと、変わらないこと
この10年で、僕のイラストレーターとしてのキャリアは大きく変わった。
公式アートブックに個人名義でクレジットされるという、フリーランスとしては異例の実績をいただいた。イベントにお招きいただいて、作品の生みの親と言える方々と直接お会いする機会もいただいた。SNSのフォロワーは国内外合わせて40万人を超えた。
でも、変わらないこともある。
毎朝のルーティンは同じだ。起きて、走って、筋トレして、シャワーを浴びて、デスクに向かう。一枚一枚、丁寧に描く。それだけは10年前から何も変わっていない。
変わったのは「描く理由」かもしれない。
昔は自分のために描いていた。上手くなりたい、認められたい、仕事がほしい。でも今は、少し違う。
僕の描いたカードを、お父さん、お母さんと一緒にスーパーで探している子どもがいる。世界中のファンが、SNSで新カードの情報を心待ちにしている。そして、僕にこの道を開いてくれた恩人たちがいる。
その人たちのために描いている。
単価の話をしよう
これは同業者に向けて書く。
版権イラストの単価は、正直に言って高くない。「公式のお仕事をいただいている」というブランド価値と引き換えに、市場の相場よりも低い単価で大量に描くことが求められるケースは多い。
僕は10年以上やってきて、ようやく少しずつ単価交渉ができるようになった。でも「少しずつ」だ。10年やって「少しずつ」。
これが版権イラスト業界のリアルだ。
だからこそ、若いイラストレーターには伝えたい。単価だけで仕事を選ぶな、でも単価を軽視するな。自分の価値を自分で認識して、言うべきことは言え。言わなければ、10年経っても変わらない。
僕自身、最近ようやく「言うべきことを言う」ことを覚えた。遅すぎたかもしれないけれど、いつからでも遅くはないと思っている。
ネットの声について
カードが公式から発表されるたびに、SNSにはいろんな声が上がる。
「かっこいい!」「神イラスト!」という嬉しい反応もあれば、「ここがおかしい」「首どうなってんの」という声もある。
正直に言えば、後者の声が目に入ると、やっぱりしんどい。
でも、一つだけ言えることがある。
僕に依頼してくれるクライアントは、僕の絵を認めてくれている。
フォロワー数百人のアカウントが何を言おうと、公式が僕に発注し続けているという事実は変わらない。そして、その発注が止まる気配は今のところ一切ない。むしろ増えている。3月だけで複数の新規打ち合わせが入っているくらいだ。
批判は自由だ。でも、批判だけしている人と、実際に描いている人の間には、越えられない壁がある。
僕はこれからも描く側でいる。
これからの話
キャリアも折り返し地点に差しかかったのかもしれない。
でも、世間が思う「ベテラン」の停滞感みたいなものは、正直まったくない。
体脂肪率は10%前後を維持している。毎朝走っている。美容にも投資してきた。数年前の自分より、今の自分の方が明らかにコンディションがいい。
経済的にも、ありがたいことに不安はない。仕事も来ている。
じゃあこれから何がしたいか。
もっと表に出たい。
10年間、守秘義務の中で黙々と描き続けてきた。自分の名前を出せない仕事、自分の顔を見せない仕事。それはそれでプロフェッショナルとしての矜持だったけれど、そろそろ「自分自身」を表現するフェーズに入りたいと思っている。
詳しくはまだ書けないけれど、新しいプロジェクトが動き始めている。イラストレーターとしての僕ではなく、「一人の人間としての僕」を発信する場所。
公式案件は続ける。子どもたちのために、ファンのために、恩人たちのために。
でも、それと同時に、自分のための場所もつくる。
これまでは「積み上げる」期間だった。 これからは「使う」期間にする。
積み上げたもの——実績、スキル、経験、人脈、資産、健康、すべてを使って、もっと自由に、もっと自分らしく生きる。
最後に
3月9日に大事な打ち合わせがある。 3月12日にも打ち合わせがある。 3月中に数十点のイラストを仕上げなければならない。
忙しい。でも、充実している。
10年前の自分に言ってやりたい。
「お前が描き続けたその先に、お前なしでは成り立たないと言ってくれる人たちがいるぞ」と。
そして今の自分に言い聞かせる。
「まだまだこれからだ」と。
ふぇにょん 2026年3月
