週に2回、鍼灸に通っている。
1回あたり約3時間。週6時間。月にすると24時間以上。丸1日分の時間を、身体の修復に費やしている計算になる。
それでも間に合っていない。
イラストレーターの身体は消耗品
僕はフリーランスのイラストレーターとして15年以上活動している。ペンタブに向かい、液晶画面を覗き込み、右手でペンを握り、左手でショートカットキーを叩く。毎日、何時間も。それを15年間、ほぼ休みなく続けてきた。
その結果がどうなったかというと、首、肩、腰、目、腕。全部壊れた。
「壊れた」という表現は大げさだと思われるかもしれない。でも、鍼灸の先生に毎回言われるのは「起立筋、肩、首がパンパンですね」という言葉だ。週2回通ってこの状態。通わなかったらどうなるか、正直考えたくない。
デスクワーカーの職業病、では済まない
「デスクワークなんだから肩こりくらいあるでしょ」と思うかもしれない。確かに、普通のデスクワーカーも肩こりや腰痛に悩まされる。でもイラストレーターの身体への負荷は、一般的なデスクワークとは質が違う。
まず、集中の密度が違う。メールを打つ、資料を読む、会議に出る──こうした作業にはリズムがある。姿勢を変えたり、立ち上がったり、人と話したりする間がある。
イラスト制作にはそれがない。
線を引いている最中に姿勢を変えたら線がブレる。目線を外したら描いていた場所を見失う。集中が途切れたら、戻るのに時間がかかる。だから身体が「痛い」と信号を出していても、無視して描き続ける。気づいたら3時間経っていて、立ち上がった瞬間に腰が固まっている。そういう世界だ。
しかも僕の場合、複数のIPの案件を常時並行して抱えている。1つ描き終わっても次が待っている。案件が終わる感覚がない。ラフを出して、監修の返事を待って、返事が来たらすぐ対応できるように先に清書を進めておく。「返事待ち」の時間は休憩ではなく、別の案件を進める時間だ。結果的に、朝から晩までほとんどペンタブの前にいることになる。
鍼灸院での3時間
鍼灸の施術は、大体こんな流れだ。
まず首と肩周りからほぐしていく。僧帽筋、肩甲挙筋、そして脊柱起立筋。ここが毎回パンパンに張っている。先生いわく「ペンタブの前に座っている時間がそのまま出ている」とのこと。次に腰。長時間座っていると腸腰筋や腰方形筋が縮んで固まる。ここを緩めないと、立ち上がったときに腰が伸びない。
腕も深刻だ。ペンを握る右手の前腕、特に長橈側手根伸筋あたりが常に張っている。腱鞘炎の一歩手前のような状態がずっと続いている感覚。左手も、ショートカットキーを押し続けるせいで手首に負担がかかっている。
目については鍼灸でどうにかなる範囲を超えている気もするが、眼精疲労からくる頭痛は首の緊張と連動しているらしく、首がほぐれると多少マシになる。
これを週2回、3時間ずつ。それでも次の施術日にはまた「パンパンですね」からスタートする。修復が追いつかないまま、また帰宅後すぐにペンタブの前に。その繰り返し。
同じ道を歩いた先輩の話
これは少し重い話になるけれど、書いておきたい。
僕と同じジャンルで版権イラストを描いていた先輩がいた。その方は仕事中に何度か身体を壊して入院していた。結局その方は50歳で亡くなった。
身体を壊しながら描き続けた末の結末だった。
僕は今40歳。あと10年で、その先輩が亡くなった年齢に届く。同じペースで身体を酷使し続けたら、同じ結末にならない保証はどこにもない。
「好きなことを仕事にしてるんだからいいじゃん」問題
こういう話をすると、必ず言われることがある。
「好きなことを仕事にしてるんだから幸せでしょ?」
好きだから始めた。それは間違いない。好きだから15年続いた。それも事実。でも「好き」は身体の痛みを消してくれない。首がパンパンに張っていても、納期は待ってくれない。肩が上がらなくても、ラフは出さないといけない。腰が固まっていても、清書の締め切りは明日だ。
しかも「好きなこと」のはずなのに、「よし、描くぞ」という気持ちにならない日が増えてきた。これが一番怖い。身体が先に悲鳴を上げて、気持ちがそれに引きずられる。あるいは、気持ちが先に限界を迎えて、身体がさらに重くなる。どちらが先かはわからないけれど、両方が同時に起きている感覚がある。
やれることは全部やっている。それでも壊れる。
身体の話をすると「運動不足じゃない?」「食生活乱れてるんでしょ」と言われることがある。
毎朝ランニングとダッシュと筋トレを30分やっている。食事はPFCバランスを考えて、タンパク質を意識的に摂っている。一人のときは揚げ物もお菓子も食べない。体脂肪率は8〜13%をキープしていて、体内年齢は24歳と出る。40歳の身体としては、おそらく上位数パーセントに入る管理をしていると思う。

それでも壊れている。
これが意味するのは、生活習慣の問題ではないということだ。食事も運動も睡眠も、やれることは全部やった上で、それでも首肩腰目腕が悲鳴を上げている。残っている変数は一つしかない。仕事の量と、その構造だ。
数年前には、座りっぱなしが原因で下肢静脈瘤になった。脚の血管が浮き出て、だるさが取れない。イラストレーターがなる病気としてはあまり聞かないかもしれないけれど、1日10時間以上同じ姿勢で座り続ければ、脚にも来る。それ以来、スタンディングデスクに切り替えて、今はほとんど立って描いている。
立って描くと腰への負担は多少減る。でも今度は足裏や膝に負荷がかかる。座れば脚、立てば膝。どちらを選んでもダメージを受ける。結局、長時間ペンタブの前にいること自体が身体を壊す行為なのだと思い知らされる。
見えないコスト
週2回の鍼灸通いには、お金だけじゃなく時間もかかる。往復の移動時間も入れたら、週8時間近くを「身体の維持」に使っている。1年で400時間以上。それだけの時間があれば、旅行にも行けるし、新しいことも始められる。
でもそれができない。案件を抱えている限り、いつ監修の返事が来るかわからないから、長期の予定が立てられない。鍼灸の予約すら案件のスケジュールに左右される。恋人との旅行も「この期間なら多分大丈夫」という曖昧な見込みでしか計画できない。結局キャンセルになることもある。
フリーランスは自由だと思われがちだけど、現実は逆だ。会社員には有給休暇がある。僕たちには「案件が入っていない隙間」しかない。しかもその隙間は、自分でコントロールできない。クライアントのスケジュール次第だ。
フリーランスは「休む」ことすらフリーじゃない
「そんなにしんどいなら休めばいいじゃん」と思われるかもしれない。
会社員なら、上司に「体調不良で休みます」と一本連絡すれば済む。あとは組織がカバーしてくれる。引き継ぎも、スケジュール調整も、クライアントへの連絡も、誰かがやってくれる。
フリーランスにはそれがない。
僕の場合、常時複数の企業と案件が走っている。休むとなったら、そのすべてに個別で連絡しないといけない。A社には「今走ってるこの案件のスケジュールを後ろにずらせますか」、B社には「次の打ち合わせをリスケしてもらえますか」、C社には「新規のご相談、少しお待ちいただけますか」。それぞれの案件の進行状況を把握した上で、それぞれのタイミングに合わせて、それぞれの担当者に連絡する。この作業だけで疲弊する。
しかも、フリーランスが「休みます」と言うのは、会社員のそれとは意味が違う。「この人、もう限界なのかな」「他の人に切り替えたほうがいいかな」と思われるリスクが常にある。休んだことで案件が別の人に回って、そのまま戻ってこない可能性もゼロではない。だから「休みたい」と思っても、言い出せない。
結果的に、休まずに鍼灸に通い続けるほうが「まだマシ」という判断になる。週2回、3時間ずつ身体を修復しながら、案件を途切れさせずに走り続ける。これが僕なりの「休み方」だ。本来の意味での「休み」ではないことはわかっている。
人間ドックにすら行けていない
正直に書くと、人間ドックに行かなきゃと思いながら、もう何年も行けていない。
「行けていない」というのは、物理的に時間がないわけではない。気力がないのだ。案件が走っている最中に、丸一日空けて病院に行って、場合によっては悪い結果を聞かされるかもしれない。それが怖いというよりも、その精神的な負荷を今の自分が処理できる自信がない。
40歳。本来なら健康診断を真剣に考えなければいけない年齢だ。身体のあちこちが悲鳴を上げているのに、その全体像を知ることすら後回しにしている。これは明らかにまずい。自分でもわかっている。
それでも描き続ける理由
こんな状態でも辞めないのは、単純に「自分にしかできない仕事」だという自負があるからだ。15年かけて身につけた技術は、今日明日で誰かに引き継げるものじゃない。クライアントから「あなたなしでは成り立たない」と言っていただけることもある。それがエネルギーになる瞬間は、確かにある。
ただ、15年前と同じやり方で、あと15年やれるかと聞かれたら、答えはNOだ。身体がもたない。気持ちももたない。
だから今、働き方を変えようとしている。全部を自分でやるのではなく、自分にしかできない部分だけに集中する。具体的には、ラフ(構図・ポーズ・表情の設計)を担当し、線画以降の仕上げは別の方に任せるという形。実際にそういう体制に切り替えたクライアントもあって、うまく回り始めている。
自分のこだわりを手放すのは最初は怖かった。「最後まで自分で仕上げたい」という職人気質は、確かに以前の自分にはあった。でも、仕上げまでやって身体を壊すのと、ラフだけにして長く続けるのと、どちらがクライアントにとっても自分にとっても良い選択か。答えは明白だった。
40歳の身体からのメッセージ
週2回、6時間の鍼灸通い。それでも「パンパンですね」と言われ続ける首と肩と腰。人間ドックにも行けない精神状態。「よし描くぞ」とならない日が増えている現実。
全部、身体からのメッセージだと思っている。
20代の頃は、痛みを無視して描き続けられた。30代は、鍼灸でなんとかリカバリーしながら走り続けた。40代に入って、リカバリーが追いつかなくなった。
これは衰えの話ではなく、15年分の蓄積の話だ。負債が利息を超えた。
同じ仕事をしている人、あるいはこれから絵の仕事を志す人に伝えたい。身体の声を聞いてほしい。「まだいける」は「もう限界」のすぐ手前にある言葉だ。僕はそれを15年かけて学んだ。
鍼灸の先生には本当に感謝している。週2回、僕のボロボロの身体をなんとか動ける状態に戻してくれる。でも、先生にも限界がある。「治す」のではなく「維持する」のが精一杯の段階に来ている。
だからこそ、働き方を変える。身体が壊れてから変えるのでは遅い。壊れる前に変える。それが40歳の自分にできる、一番賢い選択だと思っている。
