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「いいように使われた」5年間の話

2026 3/14

この記事は、かつての自分に向けて書いている。

「断らない」ことが武器だと思っていた頃の自分に。仕事がないことが怖くて、声をかけてくれる人なら誰でも信じた頃の自分に。

目次

「声をかけてもらえるだけでありがたい」という罠

フリーランスになって数年、仕事が減った時期があった。不安で仕方なかった。

そんなタイミングで、ある業界関係者から声がかかった。大手アニメスタジオの海外部門に出向しているという肩書き。業界の内部事情にも詳しく、有名アニメーターの名前もポンポン出てくる。こちらの絵を高く評価してくれて、「あなたの力がなければできない」と言ってくれた。

今思えば、それが罠の入口だった。

💡 仕事が減って不安な時期に声をかけてくる人には要注意。「弱み」を握った状態でのアプローチは、善意ではなく計算の場合がある。

搾取の構造はこうして作られる

振り返ると、搾取は5つのステップで進行していた。

①「共感」で距離を詰める

最初は食事に誘われた。といってもラーメン屋で自分の食券だけ買ってそそくさと奥の席に座るような人だったけど。

業界の不満を共有し、「自分も搾取されている側だ」というポジションを取ってきた。前職の退職金が少なかったという話まで聞かされ、明細まで見せてきた。こうして「俺たちは同じ立場だ」という空気を作り、味方であるかのように振る舞う。

一方で、喫茶店では周りの客を見渡しながら「あの人は年収いくらくらい」と品定めしていた。人を「いくら生み出せるか」でしか見ない人間だった。

②「秘密の共有」で共犯関係にする

「ここだけの話ですが」「コッソリと」「あなたを信じてお話します」。こうした言い回しで、表に出せない仕事の話を持ちかけてくる。秘密を共有した時点で、断りづらくなる。

③「恩」を売って主従関係を固定する

「仕事を紹介してあげた」「業界のキーマンに繋いであげた」「赤ペン先生してあげる」。実際に繋いでくれた仕事はあったので、恩義を感じた。でもその恩は、後から何倍にもなって請求されることになる。

④ 安い単価で「大量に」描かせる

海外向けのライセンスイラストを1点8,000円。同人イベント用のイラストを1点5,000円。本人ですら「海外ライセンスの作画料金が安い」とメールで認めているような単価だった。大手制作会社すら断るレベルの安さの仕事を回されていた。

しかも「断らない」「速い」「品質が高い」という自分の特性を、彼は「核兵器」と呼んだ。褒め言葉のつもりだったんだろう。でも核兵器は使う側に利益があるのであって、兵器そのものは消耗するだけだ。

⚠️「あなたの○○は武器だ」と言われたとき、それが誰の武器なのかをよく考えよう。自分で振るう武器なのか、他人に使われる武器なのか。

⑤ 画力だけでなく「人脈」まで吸い上げる

自分が長年の仕事で築いた業界の人間関係を「紹介してくれ」と言われ、セッティングを組んだこともあった。相手の会社の売上をリクナビで事前に調べて品定めしてから臨んでいた。画力を使い、人脈を使い、名前を使い、実績を使い、そして用が済んだら連絡が途絶えた。

同人サークルという名の搾取装置

その人と、もう一人の仲介業者に誘われて、ある作品の同人サークルに参加したことがある。

サークル名は仲介業者の社名のアナグラム(文字の並べ替え)。運営も名義も仲介業者側。自分はイラストを描くだけ。1点5,000円。さらに「Twitterでも楽しく宣伝してほしい」とタダ働きのプロモーションまで要求された。

「あなたのイラストを世に広めるお手伝い」という建前だったが、広まったのはサークルの名前であって、自分の名前ではない。

結果は赤字だと聞かされた。フォロワーもほぼいないサークルで、売れるわけがない。でも自分への稿料だけは確定した支出として出ていった。

一方で仲介業者は、自分のイラストをキャバクラで見せてチヤホヤされていると嬉しそうに報告してきた。作品を「自分のアクセサリー」として消費していたわけだ。

💡「あなたのためにやっている」と言う人が、本当に自分のためにやっているかは、利益がどこに流れているかを見ればわかる。

壮大な夢だけは語ってくれた

「大手ゲーム会社に知り合いがいるから声をかける」「有名雑誌の表紙も描けるようにする」。壮大な話はたくさん聞かされた。

でも大手ゲーム会社にはスルーされ、雑誌の表紙も実現しなかった。

皮肉なことに、それらは全て、後に自分の力で実現することになる。その人の人脈は一切関係なく、自分の画力と実績だけで、大手ゲーム会社から直接声がかかり、有名雑誌の表紙を複数回飾り、公式アートワーク集に個人名義でクレジットされるところまで来た。

他人のコネで辿り着けなかった場所に、自分の腕一本で辿り着いた。これ以上の答え合わせはない。

コロナで全てが明らかになった

2020年、コロナで海外市場が止まった。

すると、それまで密に連絡を取り合っていたその人からの連絡がピタリと途絶えた。外注の彩色担当者が数ヶ月無給だという報告が最後のメールだった。

仕事がなくなったら連絡しない。それが答えだった。

自分の画力が必要な間だけ「あなたの力がなければできない」と言い、必要なくなったら存在ごと忘れる。5年以上の付き合いの末路がそれだった。

「いいように使われる人」の共通点

振り返って、当時の自分に共通していた特徴がある。

「仕事がない」という不安を抱えていた。不安は判断力を鈍らせる。声をかけてくれるだけでありがたいと思ってしまう。

「断らない」を美徳だと思っていた。仕事を断らないことは強みではなく、搾取する側にとっての好都合でしかなかった。

相手の幸せまで考えてしまっていた。搾取してくる相手に対して「なんとかして一緒に幸せになる方向を考えたいですね」とメールしていた。今読み返すと泣ける。

肩書きを信じてしまっていた。「大手スタジオの海外部門」「アートディレクター」という看板に目が眩んだ。でも実態は、打ち合わせに安い喫茶店しか使えない懐事情で、外ではマヨネーズ禁止を解禁して喜んでるような人だった。肩書きと中身は比例しない。

今の受注基準ができるまで

こうした経験を経て、今は明確な受注基準を持っている。

「自分なしでは成立しない仕事」しか受けない。かつて他人の事業計画の駒として使われた反省から。

単価の交渉は最初にする。後から恩を着せられて単価を下げられるパターンを二度と繰り返さない。

中間業者を極力排除する。クライアントと直接やりとりすることで、搾取の構造そのものを成立させない。

監修体制を事前に確認する。問い合わせフォームに監修体制の項目を追加し、面倒な案件を構造的に弾く。

「楽しいかどうか」を最優先にする。経済的自立を達成したからこそ言えることだが、仕事は必要性からではなく選択として受ける。

受注基準は「嫌な経験をしたから作るもの」ではなく、「自分の価値を守るために作るもの」。搾取された経験がある人こそ、早めに言語化しておくべきだと思う。

最後に

あの頃の自分は、ラーメン1杯すら奢ってもらえなかった。相手は自分の食券だけ買ってそそくさと奥の席に座った。喫茶店のコーヒーは経費で奢ってくれたけど、その席で他の客の年収を品定めしていた。

今の自分は、誰かに奢ってもらう必要がない。自分で店を選び、自分で払い、自分が一緒にいたい人とだけ食事をする。

搾取構造から抜け出すのに必要だったのは、「肩書きではなく実力で評価される場所に自分を置くこと」だった。それには時間がかかった。でも、13年間ブレずに続けてきた技術が、最終的に全てを解決してくれた。

声をかけてくれる人が全て味方ではない。でも、自分の腕だけは絶対に裏切らない。

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