暇なときほどSNSを更新してしまう。
暇なときほど見栄を張りたくなる。
暇なときほど他人に噛みつきたくなる。
これは俺の実感だ。
忙しくて現実が充実しているときに、わざわざSNSで他人を攻撃する気にはならない。そんな時間があったら目の前の仕事や生活を楽しんでいる。
ディズニーで楽しんでる最中は、他人なんて頭にない
想像してほしい。
ディズニーランドに来て、パレードを見て、ポップコーンを食べて、大切な人と笑っている最中に「あ、そういえば今日、あいつに誹謗中傷のリプライしとかなきゃ」ってなるか?
ならない。
現実が楽しい瞬間、人は他人を攻撃するエネルギーを持たない。わざわざ画面の中の知らない誰かを叩く動機が発生しない。目の前の現実で頭がいっぱいだからだ。
逆に言えば、SNSで延々と他人に噛みついている人は、現実の時間に余裕がありすぎる。楽しいことも満たされることもなくて、暇を持て余している。やることがないから画面の向こうに標的を探す。それだけのことだ。
暇が見栄と攻撃を生む
見栄を張るのも同じ構造だ。本当に満たされている人は、わざわざ「私は満たされています」とアピールしない。空腹の人ほど「腹減った」と言うし、不安な人ほど「大丈夫」と言う。SNSの承認欲求投稿は、たいてい現実の不足を補おうとしている。
マウント投稿、マウントリプライ、マウント引用。これらは全部、現実で得られなかった優越感をオンラインで取り戻そうとする行為だ。現実のポジションで満足していれば、画面の向こうの他人にマウントを取る動機は存在しない。
例外はある。マーケティング目的の発信だ。これは仕事だから別枠。セルフブランディング、集客、コンバージョン。目的が明確で戦略として計算されている投稿は、暇とは関係ない。むしろ時間を効率的に使っている。
逆に言えば、マーケでもないのに延々とSNSに張り付いている人は、暇のサインだ。時間の使い道が他にないから画面が手放せない。
現実の充実はオンラインにトリクルダウンする
経済学の「トリクルダウン」は、上にお金を流せば下に滴り落ちるという理論だ。マクロ経済では機能しないことで有名だけど、個人の内面のレベルではこの現象は確実に起きる。
現実の人生が充実している人は、放っておいても言葉の端々にその充実が滲む。無理に「幸せです!」と書かなくても、投稿の温度、選ぶ写真、文章のリズムに、満たされた人間の余裕が出る。
逆に、現実が空っぽの人は、どれだけキラキラに加工しても空虚さが滲む。高級ホテルで撮った写真なのに、なぜか寂しそうに見える投稿。ブランド品を並べても、豊かさを感じない文章。原因は全部、現実の充実度だ。
SNSは現実の延長線でしかない。現実を上回って見せることはできない。画面に出力されるのは、現実の充実度をそのまま投影した影だ。
装っても見透かされる
面白いのは、人間は意外と見抜くってことだ。SNSで本当に充実している人の投稿と、装っている人の投稿の差は、言葉にしにくいけど確実に感じ取られている。
本当に忙しくて楽しい人の投稿は、頻度が低くて、内容が軽い。片手間に撮った写真に一言添える程度。でも、そこに余裕が滲んでいる。
装っている人の投稿は、頻度が高くて、内容が重い。ハッシュタグが多くて、キャプションが長くて、でもなぜか刺さらない。努力の量と刺さる量が反比例しているのは、努力でしか埋められないほど現実が薄いからだ。
フォロワーも馬鹿じゃない。毎日のように発信している人に「この人、そんなに暇なんだな」と感じ始める。キラキラ投稿ばかりの人に「この人、そんなに自信ないんだな」と感じ始める。言葉にはしないけど、気づかれている。装いは短期では効くけど、長期では必ず見抜かれる。
だから現実を先に整える
結論はシンプルだ。SNSを頑張る前に、現実を整える。オンラインの発信力を磨く前に、オフラインの人生を充実させる。
順番を間違えると、どれだけSNS運用のテクニックを学んでも刺さらない。刺さる投稿は、現実の充実から自然に漏れ出てくるものだからだ。トリクルダウンは強制できない。自然に起きるものだ。
SNSを開く時間を減らして、仕事に集中する。現実の人間関係に時間を使う。スキルを磨く。旅に出る。美味しいものを食べる。運動する。本を読む。そっちの積み上げがある人間は、SNSで何を書いても絵になる。
暇だからSNSに逃げるんじゃなくて、現実が楽しくてSNSが後回しになる。そっちが理想だ。
ネットで噛みついてるやつは、だいたい暇
ネットで延々と他人に噛みついている人たちは、誹謗中傷する余力があるくらい、現実で燃やすものがない。それは考えようによっては可哀想なことであって、本来は怒りの対象じゃないのかもしれない。
もしあなたがSNSでネガティブな発信をしがちだと気づいたら、それは画面の向こうの誰かが悪いんじゃない。現実の時間に余白がありすぎるというサインだ。その余白を、現実を充実させるエネルギーに変える。それだけで、SNSは勝手に整っていく。
現実を先に整える。話はそれからだ。
