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締め切りを守れなくなるとき

2026 4/04

前回、「締め切りを守るワケ」という記事を書いた。
タツノコプロ時代の原体験と、関わる人の人生を犠牲にしたくないという感情について。

今回は、その裏側の話をする。
なぜ、この業界では「締め切りを守る」という当たり前ができなくなるのか。

目次

守るだけで重宝される異常

締め切りを守る。
納期通りに納品する。
言われたことを期日までにやる。

どれも、社会人として当たり前のことだ。
コンビニのアルバイトだってシフトの時間に来る。営業マンだって商談の時間に遅れない。当たり前だ。

ところが、クリエイティブ業界ではこの「当たり前」ができるだけで重宝される。
締め切りを守るだけで、「あの人は信頼できる」と言われる。
それは褒め言葉に聞こえるかもしれないが、冷静に考えれば異常なことだ。

「守る人」が評価されているのではない。
「守れない人」があまりにも多すぎるだけだ。

最初は、みんな真面目だった

私がタツノコプロにいた頃、新人はみんな真面目だった。
始業時間に来る。言われたことをやる。先輩の背中を見て、必死に食らいつく。

ところが、時間が経つとおかしなことが起きる。

少し慣れてくると、サボり始めるのだ。

最初は9時に来ていた人間が、10時になり、11時になり、やがて14時に出社するようになる。フレックス制という名の無法地帯。「クリエイターは自由な働き方が合っている」という空気が、じわじわと規律を溶かしていく。

誰も咎めない。
なぜなら、周りも同じだから。
14時に来る人間を咎められるのは、9時に来ている人間だけだ。でも9時に来ている人間はとっくにいなくなっている。

こうして「当たり前」の基準が、組織全体で静かに下がっていく。

「許される」が人を腐らせる

締め切りに遅れても、怒られない。
原稿が遅れても、「まあクリエイターだから」で済まされる。
納期を破っても、次の仕事が来る。

この「許される環境」が、人を腐らせる。

最初は罪悪感がある。「申し訳ない」と思う。
でも2回目は少し薄れる。3回目にはほとんど感じなくなる。
やがて「遅れるのが普通」になり、「遅れても許されるのが自分の実力の証」みたいな歪んだプライドすら芽生える。

才能があるから許される。
実力があるから待ってもらえる。
——その勘違いが、人間としての信頼を少しずつ削っていく。

気づいたときには、周りにいるのは「待つしかない人たち」だけだ。
本当に優秀な人間は、もう一緒に仕事をしたがらない。

私が嫌いだったもの

タツノコ時代、この空気が本当に嫌いだった。

最初は緊張して、きちんとした格好と時間で出社していた人たちが、いつの間にかTシャツにサンダルになり、出社時間はどんどん遅くなり、「昨日徹夜したんで」が免罪符になる。

徹夜したのは、昼間に仕事をしなかったからだ。
昼間に仕事をしなかったのは、朝来なかったからだ。
朝来なかったのは、誰も咎めなかったからだ。

原因と結果が全部つながっている。
でも誰もそれを指摘しない。「クリエイティブな仕事だから」で全部蓋をする。

私はその空気に染まりたくなかった。
だから、自分だけは絶対に時間を守ると決めた。
朝は朝に来る。締め切りは締め切りに出す。それだけのことを、ただ愚直にやり続けた。

しかし業界がそんな感じなので朝行っても仕事がないことが多かった。

ヒトカラで時間を潰したり、今のようにSNSがないのでラクガキをしても生産性がない。だからこそとっととこの業界をやめたかった。

当たり前を維持するコスト

「守るだけで重宝される」というのは、裏を返せば、守り続けることにコストがかかるということだ。

周りが14時出社の中で9時に来るのは、孤独だ。
周りが「間に合わなかった」と笑っている中で、自分だけ期日通りに出すのは、バカらしく感じることもある。
「そこまでしなくていいのに」と言われることすらある。

でも、それは周りの基準が下がっているだけだ。
自分の基準を下げる理由にはならない。

鳥山明先生は「納期通りに納めるのはそれが仕事なんだから当たり前」と言った。
世界一の漫画家が「当たり前」と言い切ったことを、私たちが「そこまでしなくていい」と言えるわけがない。

守れなくなるのは、環境のせいだ

締め切りを守れなくなる人間は、最初から怠惰だったわけじゃない。
新人の頃は全員真面目だった。全員、ちゃんとしていた。

守れなくなるのは、環境のせいだ。
「許される空気」が、人の基準を静かに溶かしていく。

だからこそ、自分の基準は自分で守るしかない。
環境が下がったときに、一緒に下がらない強さ。
それは才能でも根性でもなく、「なぜ守るのか」という理由を持っているかどうかだ。

私の理由は前回書いた。
関わる人の人生を犠牲にしたくない。恨まれたくない。
担当者の子どもの名前が見える。その人たちの夜を奪いたくない。

理由を持っている人間は、環境が腐っても腐らない。
理由を持っていない人間は、環境と一緒に沈んでいく。

それだけの差が、10年後に取り返しのつかない差になる。

blog 日常・思索
  • 締め切りを守るワケ
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