今日、サイトから問い合わせフォームを消した。
「実績多数」も消した。「高い評価をいただいています」も消した。「選ばれる理由」も消した。
自分をすごく見せるための言葉を、全部消した。
残したのは、事実のみ。つまり誇示するのをやめた。
この記事は、そこに至るまでのお話。
降りたのは、見栄のゲーム
勘違いされたくないから先に書く。仕事から降りたわけじゃない。むしろ今が一番充実している。忙しいしどんどん最適化して進化している。
ではなにからかというと、私が降りたのは「承認のゲーム」。
いいねを数える。フォロワーでぶん殴る。バズった数を自慢する。実績を誇示して「オレすごい」をしてまわる。
結果を出している経営者でさえ参加している見栄の競争。そこから降りた。
誇示する人間は、いつも不安だと気づいた。自分がそうだったからだ。
すごいと言われ続けないと保てない自分は、他人の評価に人生を握られている。数字が伸びれば安心し、止まれば焦る。もっともっとと。一生、他人の反応を追いかけて走る。
それは勝っているように見えて、本当の人生としてみたら負け続けているのではないか?
それに、皮肉な法則がある。
実は「これやりました」と宣伝すればするほど、「すごい」より「むかつく」の方が増える。
誇示は、称賛と同じ量だけ反感を連れてくる。いや、それ以上だ。自分を大きく見せるほど、それを面白く思わない人間が湧く。
「なんであいつだけ、実力だってそんなにうまくないのに。」自分がうまくいってない人間ほどこう思って嫉妬する。
実際よく言われるし、自分でもそう思う。笑
黙って事実だけ置いておけば、誰も殴れない。誇示しない最大の得は、敵が生まれないことだと気づいた。
売り込まない。餌を撒く
そもそも、営業をしたことがない。
企業に自分を売り込んだことは一度もない。ポートフォリオを送りつけたことも、単価を下げて仕事を取りにいったこともない。
やってきたのは、たった一つ。
最高の餌を撒いて、黙って待つこと。
誰にも真似できない絵と発想、作品への理解を誰よりも深くする。そして、それを淡々と世に出しておく。
あとは待つ。
いい餌さえあれば、魚は勝手に食いついてくる。超企業のアニメ会社、ゲーム会社も、玩具メーカーも、海外のスタジオも、向こうからきてくれた。
これも誇示しないのと同じ思想だ。叫ばなくても、いいものは伝わる。
伝わらないなら、まだいいものじゃないだけ。気づかない周りが悪いのではなく、未熟なのは自分。
間にいる人を、全部消した
キャリアの前半、自分と仕事の間にはいつも誰かがいた。
制作会社。仲介プロダクション。代理店。
間に一社入るたび、単価は下がり、情報は遅れ、名前は消える。描いたのは私なのに、納品書に載るのは別の会社の名前だった。
ある日、違約金条項の入った誓約書を差し出されたことがある。金額はここには書かない。ただ、簡単にサインできる額ではなかった。
相手の企業のメンツもあるし、サインした。仕事を続けるために、飲んだ。
それでも、切られた。
あの紙が教えてくれた。中間業者にとって私は「管理すべき外注」であって、パートナーじゃない。友達だろ?というのもこちらをカモるため。
こちらが誠実でも、向こうの都合で簡単に切られる。
餌が良ければ、魚は仲介を通さず直接来る。なら、間はいらない。
そこから数年かけて、間にいる人を一人ずつ消した。
今、私の主要な取引はすべて直接契約だ。発注者と自分。間に誰もいない。今までどれだけカモられていたか、今ならわかる。
沈む船からは、先に降りる
降りたものが、もう一つある。市場だ。
数年前まで、私の収入の柱はソシャゲのイラストだった。
単価は安いけど物量はあるし、実装されれば嬉しい。名前が出なくてもやりがいを感じていた。
だが、バブルは弾け、市場全体が沈み始めていた。年々目に見えて発注も少なくなっていた。
ソシャゲの絵は、サービスが終われば消える。
カードは、フィギュアは、ゲームソフトは、残る。誰かの部屋に、棚に、手元に。心のなかに。
だから軸を移した。消えるものから、残るものへ。
下り電車から降りて、上り電車に乗り換えただけ。
怖かった。でも、正しい判断だった。
エンドクレジットに、個人名で載った
2024年と2025年、続けて夢が叶った。
子どもの頃から遊んできた作品のリメイクに、作画で参加した。
エンドクレジットには法人名が並ぶ。その中に、個人名でひとり、私の名前が載った。
名前の出ないポジションで15年描いてきた。
雑誌の隅、カードの裏、パッケージの端。自分の子どもたちは世界中にいるのに、私の名前はどこにもなかった。
あのクレジットが流れた瞬間に、誇示する必要が消えた。
「すごいでしょう」と言わなくていい。画面が、代わりに語る。それが一番かっこいいことに気がついた。
「降りた勝者」とは何か
増やすゲームには、終わりがない。
フォロワーを増やす。いいねを増やす。承認を増やす。
増やすゲームの参加者は、全員が息切れするまで走る。もっと過激なことを、もっとすごいことを。
降りた人間だけが、走らずに済む。
私はSNSで自分を大きく見せるのをやめた。誇示するのをやめた。
代わりに、減らした。見栄を、承認欲求を、サイトの飾り言葉を。
休み明けの平日の昼、40点の原画を締切前に全部納品し終えた。
その後すぐに仕事が来たが、少しばかり自分を甘やかそうと思い、12時に「ディズニー行こう」と思いついて、14時にはパークにいた。
15時にはブルーバイユーでコースを食べていた。金の心配はいっさいない。
スターツアーズに乗ったら、満席の中からスパイに選ばれた。人生初めてだった。
誇示をやめて、間を消して、沈む船から降りて。
たどりついたのは、
「平日の昼に思いつきでディズニーに行ける日常」
好きな作品の仕事。信頼できる数人の担当者。紹介だけで回る依頼。
そして、稼いだ金は生きているうちに使い切ると決めている。
カンボジアに井戸を作った。
記念碑には、サメの背びれのアイコンが刻んである。誰にも自慢するためじゃない。
ただ、「ふぇにょんの井戸」を作りたかった。
勝者の定義は人それぞれでいいけど自分の定義はこうだ。
「誇示しなくても、揺るがない人間。」
それがフリーランスとしてあらゆることに挑戦して、結果を出した13年の答え。
