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「降りた勝者」

2026 7/10

今日、サイトから問い合わせフォームを消した。

「実績多数」も消した。「高い評価をいただいています」も消した。「選ばれる理由」も消した。
自分をすごく見せるための言葉を、全部消した。

残したのは、事実だけ。

誇示するのを、やめたからだ。
この記事は、そこに至るまでの話だ。

目次

降りたのは、見栄のゲームだ

勘違いされたくないから先に書く。仕事から降りたわけじゃない。むしろ今が一番忙しい。

僕が降りたのは、承認のゲームだ。

いいねを数える。フォロワーで殴る。バズった数を自慢する。「オレすごい」を誇示して回る。
あの、全員が息切れするまで走らされる見栄の競争。そこから降りた。

誇示する人間は、いつも不安だ。

すごいと言われ続けないと保てない自分は、他人の評価に人生を握られている。数字が伸びれば安心し、止まれば焦る。一生、他人の反応を追いかけて走る。
それは勝っているように見えて、負け続けているのと同じだ。

それに、皮肉な法則がある。
「これやりました」と宣伝すればするほど、「すごい」より「むかつく」の方が増える。

誇示は、称賛と同じ量だけ反感を連れてくる。いや、それ以上だ。自分を大きく見せるほど、それを面白く思わない人間が湧く。
逆に、黙って事実だけ置いておけば、誰も殴れない。むかつきようがないからだ。

誇示しない最大の得は、敵が生まれないことだ。

売り込まない。餌を撒く

そもそも僕は、営業をしたことがない。

企業に自分を売り込んだことは一度もない。ポートフォリオを送りつけたことも、単価を下げて仕事を取りにいったこともない。
やってきたのは、たった一つ。

最高の餌を撒いて、黙って待つこと。

誰にも真似できない線を引く。作品への理解を誰よりも深くする。そして、それを静かに世に出しておく。
あとは待つ。いい餌さえあれば、魚は勝手に食いついてくる。ゲーム会社も、玩具メーカーも、海外のスタジオも、向こうから寄ってきた。

追いかけて走り回るのが営業なら、僕がやったのは水を良くすることだ。
誇示しないのと、これは同じ思想だ。叫ばなくても、いいものは伝わる。伝わらないなら、まだいいものじゃないだけだ。

間にいる人を、全部消した

キャリアの前半、僕と仕事の間にはいつも誰かがいた。

制作会社。仲介プロダクション。代理店。
間に一社入るたび、単価は下がり、情報は遅れ、名前は消える。描いたのは僕なのに、納品書に載るのは別の会社の名前だった。

ある日、違約金条項の入った誓約書を差し出されたことがある。金額は1,800万円。
サインすれば仕事は続く。しなければ切られるかもしれない。

サインしなかった。

あの紙が教えてくれた。中間業者にとって僕は「管理すべき外注」であって、パートナーじゃない。
餌が良ければ、魚は仲介を通さず直接来る。なら、間はいらない。

そこから数年かけて、間にいる人を一人ずつ消した。
今、僕の主要な取引はすべて直接契約だ。発注者と僕。間に誰もいない。

沈む船からは、先に降りる

降りたものが、もう一つある。市場だ。

数年前まで、僕の収入の柱はソーシャルゲームのイラストだった。
単価は高い。物量もある。だが、市場全体が沈み始めていた。サービス終了の知らせが、年々増えた。

ソシャゲの絵は、サービスが終われば消える。
カードは、フィギュアは、ゲームソフトは、残る。誰かの部屋に、棚に、手元に。

だから物販に軸を移した。消えるものから、残るものへ。
下り電車から降りて、上り電車に乗り換えただけだ。難しい判断じゃない。難しいのは、降りる勇気の方だ。

エンドクレジットに、個人名で載った

2024年と2025年、続けて夢が叶った。

子どもの頃から遊んできた作品のリメイクに、作画で参加した。
エンドクレジットには法人名が並ぶ。その中に、個人名でひとり、僕の名前が載った。

名前の出ないポジションで15年描いてきた。
雑誌の隅、カードの裏、パッケージの端。僕の線は世界中にあるのに、僕の名前はどこにもなかった。

あのクレジットが流れた瞬間に、誇示する必要が消えた。
「すごいでしょう」と言わなくていい。画面が、代わりに語る。事実の前では、自慢は不要になる。

「降りた勝者」とは何か

増やすゲームには、終わりがない。

フォロワーを増やす。いいねを増やす。承認を増やす。
増やすゲームの参加者は、全員が息切れするまで走る。降りた人間だけが、走らずに済む。

僕はSNSで自分を大きく見せるのをやめた。誇示するのをやめた。
代わりに、減らした。見栄を、承認欲求を、サイトの飾り言葉を、フォロー数を。

残ったものだけが、本物だ。

好きな作品の仕事。信頼できる数人の担当者。紹介だけで回る依頼。
そして、稼いだ金は生きているうちに使い切ると決めている。カンボジアに井戸を作った。記念碑には、僕のトレードマークが刻んである。誰にも自慢するためじゃない。ただ、そうしたかったからだ。

勝者の定義は人それぞれでいい。
僕の定義はこうだ。

誇示しなくても、揺るがない人間。

そこに辿り着くまでに13年かかった。
サイトから見栄を消すのは、10秒だった。

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