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1年で鍼に220万円使った話

2026 4/17

去年1年間で、鍼灸院に220万円払った。

計算すると月平均18万円強。週に2〜4回通っていた時期もあって、ピーク月は数十万円に達した。普通のサラリーマンの月給を、身体の修復だけに払っていた計算になる。

改めて数字にして眺めると、異常としか言いようがない。でもこの異常な金額を払っていたとき、自分は「これが必要経費だ」と本気で信じていた。

目次

数字が教えてくれたこと

家計簿アプリで昨年の健康・医療費を集計したとき、最初は目を疑った。ゼロを一つ見間違えたと思った。でも何度数えても220万円だった。

内訳のほとんどが鍼代。歯科の定期メンテナンスや薬代も少し混ざっているが、9割以上が鍼に消えている。

この金額を見た瞬間、ようやく現実を直視させられた。「自分は身体の維持にこれだけのコストを払わないと、仕事が続けられない状態になっている」ということを。

以前、賽の河原の話を書いた

少し前に「賽の河原の『鍼の山地獄』」という記事を書いた。週2回、3時間ずつ鍼に通っても修復が追いつかない状態の話だった。

あの記事には書かなかったことがある。金額だ。

身体の状態については具体的な筋肉の名前まで出して書いたのに、お金の話は避けた。なぜかと考えてみると、たぶん自分でも直視したくなかったからだ。「こんなに払ってるのに、追いついていない」という事実を、文字にするのが怖かった。

「全然違いますね」と言われた日

少し前から、ある取引先と話し合って、仕事の関わり方を変えた。これまでは構図を考える段階から完成までを一人で全部引き受けていたのを、構図と設計の部分だけを担当する形に変えてもらった。

変えてから2回目か3回目の施術のとき、先生に言われた。

「仕事の仕方を変えてから、全然違いますね」

この一言は、自分が書く以上の重みがあった。週に何度も身体に触れてきた人が、触ってすぐに気づく変化。数値計測ではない、人の手が捉えた差。自分では朝起きたときに「首が軽い気がする」くらいの曖昧な感覚でしかなかったものが、外から見ても明確に違っていた。

契約を変えることの価値

仕事の関わり方を変えた前後で、月の鍼代は20万円前後から数万円に落ちた。身体が「維持」ではなく「回復」のフェーズに入ったからだ。同じ週2回の通院でも、パンパンに張った筋肉を必死にほぐす施術から、軽いメンテナンスへと質が変わる。

この差は、年間ベースで見ると200万円近い。

つまり、仕事の関わり方を変える交渉は、年200万の支出削減と同じ意味を持っていた。交渉のハードルが高いと感じて先延ばしにしていた時間、自分は毎月20万円を身体の修理代として支払い続けていたことになる。

Die with Zeroと健康への支出

ビル・パーキンスの『DIE WITH ZERO』という本がある。「資産を墓場まで持っていくな、生きているうちに使い切れ」という哲学を説いた本だ。

この考え方に従うなら、健康への支出は最も優先度が高い。なぜなら、健康を失ってからどれだけ金があっても、できることが限られるからだ。

だから220万円払ったこと自体を後悔してはいない。あの1年間、あれだけ通わなかったら自分は確実にもっとひどい状態になっていた。鍼に払った金は、倒れなかったことの対価だ。

ただ、本当に問うべきだったのは「220万円をどこに払うか」ではなく、「220万円払わなくて済む働き方はどう設計するか」だった。壊れた身体を修理するための220万円と、壊れないように仕事を変えるための交渉。コストが同じでも、前者は永遠に終わらない支出で、後者は一度決めれば構造が変わる投資だ。

壊してからしか動けなかった

正直に書くと、220万円払うまでは動けなかった。月10万、月15万、月20万と増え続けても、「これは必要経費」と自分を納得させていた。

動いたのは、1年の合計を目の当たりにして「これは異常だ」と認めざるを得なかったからだ。数字の残酷さが、自分の正当化を壊してくれた。

家計簿アプリを真面目に付けていたから救われた、とも言える。もしどんぶり勘定で生活していたら、月20万円の鍼代が何を意味しているのか、自分では気づけなかった。集計して、年間の数字を見て、ようやく「この状態は続けられない」と腹の底で理解できた。

身体を治すのは医療者、壊さない設計をするのは自分

鍼灸の先生には本当に感謝している。毎回、身体を整えてくれる。週に何度も通っていたときも、回数が減った今も、変わらない丁寧さで向き合ってくれている。

でも、壊れないように仕事の構造を設計するのは、先生の仕事じゃない。それは自分にしかできない仕事だ。

身体を治すのは医療者の仕事。身体を壊さない働き方を設計するのは、自分の仕事。この線引きを、1年220万円の授業料を払ってようやく覚えた。

もし今、身体を壊しながら「まだ大丈夫」と思って働いている人がいたら、一度自分の家計簿を見直してほしい。健康・医療のカテゴリに、去年いくら払ったか。その金額が生活費の大きな割合を占めているなら、それは身体があなたに送っている請求書だ。金額は、身体の声の大きさを示している。

僕の身体は、220万円の請求書でようやく僕を動かした。

できれば、もっと安い請求書のうちに動いてほしい。自分の身体は、一つしかない。

blog 日常・思索
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