SNSで公式カードイラストを見た人が、「解剖学的におかしい」「デッサンが崩れている」と指摘することがあります。 その気持ちはわかります。確かに、純粋なデッサンの教科書と見比べれば「あれ?」と思う部分はあるかもしれません。
でも、カードイラストの現場では、デッサンの正確さよりも優先される、絶対的なルールがあります。 今回は、現役のイラストレーターの視点からその「裏側」をお話しします。
そもそもカードイラストは「作品」ではなく「商品」である
一枚絵のアート作品と、ウエハースなどに使われるカードイラストは、作られる目的が根本的に違います。
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極小のカードサイズの中で、キャラクターの魅力を最大限に伝えること
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他のカードと並べたときに映える統一感
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ホログラムなどの光沢や印刷、背景との兼ね合い
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クライアントが「このカードで何を一番見せたいか」という明確な意図
これらすべての要素と制約を計算した上で、最適な構図とポーズを決めています。
3Dモデルで見る「正しい体」と「見せたい体」の矛盾
下の画像を見てください。

正確なデッサンの観点だけで言えば、頭・首・肩・胴体の位置関係はこのモデルのように「物理的に正しい状態」になります。
ところが、カードという小さな枠の中に「強さ」「迫力」「キャラクターの表情」を同時に叩き込もうとすると、このモデル通りに描くことが必ずしも正解にはなりません。
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顔をあえて大きく・前に出すことで**「存在感」**を増す
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肩のラインを誇張することで**「強さ」**を演出する
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物理的にはあり得ない首の角度にして**「動きのある瞬間と表情」**を同時に見せる
これは決して技術不足によるミスではなく、**意図的な選択(嘘)**なのです。
プロとしての「妥協」ではなく「判断」
「ここは解剖学的に不自然だ」と自分自身で理解した上で、商品としてユーザーに何を届けるかのために、あえてそう描く。
それはデッサン力がないから逃げているのではなく、商業イラストレーターとしてのプロの判断です。 骨格や構造を正確に描く技術があるからこそ、「目的のために、どこをどう崩すか」を意図的に選ぶことができる。基本の崩し方を知らない人間には、そもそもこの判断すらできません。
外からは見えない、現場のリアルな制約
さらに実際の現場には、完成したイラストからは見えない制約が山ほどあります。
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クライアントからの「このキャラの、このパーツは絶対に見せてほしい」という厳格な指定
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カードのサイズ、ミリ単位の余白、テキスト(文字)枠との被り回避
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実際のカードに印刷された時の色の沈み方や見え方
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そして何より、過密なスケジュールと納期(特に私のように何百枚と依頼が来るならなおさら)
純粋に「自分が自由に描きたい一枚絵」とは、まったく別のルールと世界線で仕事をしているのが商業イラストです。
最後に
商業イラストには、商業イラストならではの戦い方とルールがあります。
SNSで公開されている作品を自由に批評して楽しむのは、もちろん個人の自由です。 ただ、「商品」として緻密に計算されたイラストを、純粋な「デッサン」という評価軸だけで語るのは、少し前提が違うということを知ってもらえたら嬉しいです。
もし今後、カードイラストを見て「なんか骨格がおかしいな?」と感じる部分があったら、**「もしかして、何かを見せるために意図的にこうしているのかな?」**と想像してみてください。 きっと、今までとは違ったイラストの楽しみ方や、見え方が広がってくるはずです。