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ダダを描く小学生

2026 4/05

段ボールを開けたら、小学1年生の自分が出てきた。

実家の押入れに眠っていたスケッチブック。めくると、あの頃の自分が描いたキャラクターたちがぎっしり詰まっていた。

超サイヤ人の悟空。ウルトラマン。マリオ。アンパンマン。小学生の男の子なら誰もが通る道だ。

でも、その中に一体だけ異質なヤツがいた。

目次

ダダをかく幼児

ダダ。ウルトラマンに登場する三面怪人。あの不規則な幾何学模様の顔に、不気味に細い体。ヒーローでも怪獣でもない、どこか人間めいた不気味さを持つ存在。

小学1年生のオレは、そのダダが好きだった。話も、姿も。今でも好きだ。

みんながウルトラマンを描いていた。みんなが悟空を描いていた。その横で、オレはダダを描いていた。理由なんてない。好きだったから、それだけだ。

今になって思う。「みんなと同じものを選ばない」という性質は、教わるものじゃない。生まれつきのものだ。

スケッチブックにはウルトラマンも描いてある。でも、ちゃんと「にせもん」と書き添えてある。本物のウルトラマンの隣に、にせウルトラマンを描く。小1で「偽物」に惹かれるセンスって、冷静に考えるとなかなか変わっている。

フリーザも描いている。でも、最終形態じゃない。メカフリーザだ。ナメック星で倒された後、機械の体で復活したあの姿。普通の小学生がフリーザを描くなら、あのスタイリッシュな最終形態を選ぶだろう。でも小1のオレが選んだのは、機械と生体が融合した異形のフリーザだった。

虫歯を口の中から描いた日

もうひとつ、このスケッチブックとは別に思い出した作品がある。

学校で「よい歯のコンクール」に出す絵を描く、という授業があった。

普通に考えれば、歯ブラシを持ってニッコリ笑う自画像とか、ピカピカの歯を描くとか、そういう「正解」がある課題だ。先生もそう期待していたと思う。

オレが描いたのは、大きく口を開けた顔のドアップだった。

視点は、大きく口を開ける構図。歯列の隙間に、黒い虫歯菌たちがうごめいている。見る人を口の中に引きずり込むようなパース。おせんべいをたべようとおおきく口を開けた中に蠢く黒い影たち。小学1年生が絵の具で描いたとは思えない、ちょっとしたホラー映画のポスターみたいな一枚だった。鼻を影で表現してるのは明らかに鳥山先生の影響。

この絵は賞を取った。練馬文化センターに飾られた。人生で唯一取った賞だ。

同級生が「オレだって賞取れるし」と言っていたのを、なぜかよく覚えている。

「同じ」を選ばないことの意味

ダダを描く小学生。メカフリーザを描く小学生。虫歯菌を口の中から描いて賞を取る小学生。

これらのエピソードには、共通点がある。

「みんなと同じものを、みんなと同じように描かない」ということだ。

ウルトラマンを描くなら、「にせもん」を描く。フリーザを描くなら、最終形態じゃなくメカフリーザを描く。よい歯の絵を描くなら、虫歯菌の視点で描く。

本物より偽物。完成形より異形。正面より内側。小1のオレは一貫して、「みんなが見ている方向」とは違う方向を見ていた。

これは「人と違うことをしよう」と意識していたわけじゃない。好きなものを、好きなように描いていたら、結果的にそうなっていただけだ。

そしてこの感覚は、30年以上経った今の仕事に、そのまま繋がっている。

白と黒の美学

もうひとつ、ダダについて言いたいことがある。

ダダのデザインは、白と黒だ。あの三面怪人の体表を覆う幾何学模様は、色彩に頼らない。白と黒のコントラストだけで、あの異様な存在感を成立させている。

オレがダダに惹かれた理由のひとつは、たぶんここにある。白黒の美学。色を使わずに魅せるという思想。

今のオレの仕事を見てほしい。線画だけで人を魅せる。白と黒、線の強弱、余白の配分。それだけでキャラクターに命を吹き込む。色を塗る前の線画の段階で、すでに作品として成立していなければならない。オレはずっとそう思って描いてきた。

小1のオレがダダの白黒に惹かれたあの感覚は、30年以上の時を経て、そのままオレの画風の根幹になった。

いろんな絵柄をかき分けるその技術は一人で三つの顔を使い分ける三面怪人ダダに通じるものがある。

小1の自分へ

スケッチブックの表紙には、ひらがなで「ふじさき よしや」と書いてある。小1の、たどたどしい文字で。

あの頃のオレは、まさか自分がドラゴンボールやドラゴンクエストの公式イラストレーターになるなんて、想像もしていなかった。ただ、目の前のスケッチブックに、好きなものを好きなだけ描いていた。

でも、今になってこのスケッチブックを見返すと、あの頃の自分が描いていたものの中に、今の自分の仕事の「根っこ」が全部ある。

キャラクターの全身を描こうとする執念。色を塗り込む密度。物語を想像しながら構図を決める感覚。そして何より、「自分の好き」を疑わない強さ。

ダダを描いていた小学生は、今もダダが好きだ。白と黒だけで魅せるあの美学が、今もオレの手の中にある。

あの頃と何も変わっていない。変わったのは、スケッチブックがデジタルになったことと、描いた絵に自分の名前がクレジットされるようになったこと。それくらいだ。

段ボールの中の「ふじさき よしや」へ。

お前が好きなように描き続けたその先に、ちゃんと道はあったよ。

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