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中年の絵描きの危機

2026 4/14

先日、あるベテランイラストレーターの投稿が目に止まった。

「イラストレーターにも中年の危機がある」という話だった。40くらいでキャリアの折り返しに入って、ふと未来が見えてしまう。今までの仕事の積み重ねが、あと20年以上続くのか。仕事しかしてない人生が、急に嫌になる瞬間がある——と。

55万回以上表示され、多くのクリエイターが共感していた。「自分もそうだ」と。

俺は今年40歳になる。 まさに、ど真ん中の当事者だ。

目次

仕事しかない人生の末路を、俺は見た

以前、このブログで書いたことがある。俺がこの業界で一番尊敬していた人の話だ。

あの方は、仕事に人生を捧げた。次から次へと依頼が来て、断れない性格で、求められるまま描き続けた。好きなことだけをして、好きな時間を過ごして、好きなだけ趣味に没頭する——そういう人生を存分に送れたかと聞かれたら、たぶん答えはノーだと思う。

あの最期を見て、俺は決めた。同じ終わり方はしない、と。

「中年の危機」は、気づけた人間にとってはチャンスだ。気づかないまま60を過ぎて、体が動かなくなってから「もっと遊んでおけばよかった」と言う人生のほうが、よほど危機だと思う。

モチベーションは仕事の外にある

その投稿の中で、特に共感したのがこの部分だった。「モチベーションをどう上げるか」という問いに対して、答えは「仕事以外のことをやれ」だと。外に出る趣味。身体を使う趣味。仕事と同じモニターの前で完結しない何か。

これは俺が数年前から実践していることと、まったく同じだ。

毎朝、走っている。ランニング、ダッシュ、筋トレ。30分。雨でも風でも関係ない。朝一番に身体を動かすことで、脳のスイッチが入る。一日の最初の30分を自分の身体に投資する。これだけで、残りの時間の質がまるで変わる。

イラストレーターは一日中座ってモニターを見つめる仕事だ。肩が壊れ、腰が壊れ、目が壊れる。運動しない理由はいくらでも作れる。「今日も締め切りがあるから」「疲れてるから」「明日やろう」。でもその「明日」は永遠に来ない。来ないまま、体型が崩れ、体力が落ち、気力が萎えていく。

40歳の体脂肪率が一桁台なのは、才能じゃない。毎朝の30分の蓄積だ。

スマホで完結する人生の危うさ

その投稿にはこうも書いてあった。世の中が便利になりすぎて、マンガ読んでゲームやってスマホだけで完結できるようになった。でも人間の無意識は、もっと本能的な喜びを求めているんじゃないか——と。

これも完全に同意する。

俺がミニマリストを志向するのは、モノを減らすことが目的なんじゃない。モノに囲まれた部屋の中で、モニターの前だけで人生が完結してしまうことが怖いからだ。

モノを減らせば、部屋にいる理由が減る。部屋にいる理由が減れば、外に出る。外に出れば、身体が動く。身体が動けば、感覚が研ぎ澄まされる。感覚が研ぎ澄まされれば、絵に還ってくる。

仕事と同じモニターでゲームをしても、心の切り替えにはならない。脳が「まだ仕事モードだ」と勘違いするからだ。インドア趣味を否定するわけじゃないけど、仕事が座り仕事なら、遊びは立ち仕事のほうがいい。

仕事は選べるなら選んだほうがいい

投稿の最後にあった一文が、一番刺さった。「仕事は選べるなら選んだほうがいい。自分が好きな仕事だけで食えたらそれが理想だし、精神的にも楽」。

これは、20代の自分には言えなかった言葉だ。

駆け出しの頃は選ぶ余裕なんてなかった。来た仕事は全部受けた。安い単価でも、興味のないジャンルでも、体がボロボロでも。「断ったら次がないかもしれない」という恐怖が、常に背中にあった。

でも今は違う。

経済的に「仕事をしなくても生きていける」状態を、自分の手で作った。だから今受けている仕事は、すべて「やりたいからやっている」仕事だ。必要だからじゃない。選んだからだ。

「選べる」という状態を作るまでに、15年かかった。がむしゃらに描いた20代、実績を積み上げた30代前半、構造を変え始めた30代後半。その全部があって、やっと「選ぶ」という贅沢が手に入った。

だからこそ言える。仕事は選べるなら選んだほうがいい。選べない時期があっても、選べる状態を目指すべきだ。

中年の危機は、設計のチャンス

「中年の危機」と聞くとネガティブに聞こえるけど、俺はそう思わない。

20代は走ることしかできなかった。30代は走りながら考えることを覚えた。40代は、立ち止まって設計する時期だと思っている。

残りの人生で何を描くのか。誰のために描くのか。何を描かないのか。

この問いに向き合えること自体が、20年間走り続けてきたご褒美だ。走り続けてきたから、立ち止まる余裕がある。立ち止まる余裕があるから、次の20年を設計できる。

「仕事しかない人生」に疑問を持てた瞬間は、危機じゃない。目覚めだ。

惰性で生きることもできる。でも、そうしない。

正直に言えば、今の俺は惰性で生きようと思えば生きられる。

経済的には仕事をしなくても困らない状態を作った。実績も十分にある。名前も知られている。ここで「もう十分やった」と言って、好きなものを食べて、好きなだけ寝て、ゆるやかに過ごす人生を選ぶこともできる。好きなことを我慢しないで生きることもできる。誰にも文句は言われない。

でも、俺はそうしない。

毎朝走っている。体脂肪率は10%前後を維持している。食事を管理し、睡眠を追跡し、体組成を記録している。40歳の体を、20代の頃より仕上げている。

なぜか。

「中年の危機」の本質は、モチベーションが消えることじゃない。アップデートが止まることだ。

体が変わらなくなる。仕事のやり方が変わらなくなる。生活が変わらなくなる。去年と今年の自分の違いが説明できなくなる。それが本当の危機だと思う。

だから俺は常にアップデートしている。

体を絞り続けるのは、見た目のためじゃない。「去年の自分より今年の自分のほうが強い」という事実を、毎日体重計の上で確認するためだ。仕事の構造を変え続けるのは、不満があるからじゃない。「去年と同じやり方で今年を過ごしていないか」を自分に問い続けるためだ。

惰性で生きられる状態を作ったのに、惰性で生きない。好きなことを我慢しなくていい状態を手に入れたのに、自分を甘やかさない。それは苦行じゃなくて、アップデートし続ける自分が一番楽しいからだ。

中年の危機は、アップデートが止まった人間にだけ訪れる。

走り続けろとは言わない。でも、止まるな。昨日の自分を超えろ。体でも、仕事でも、生き方でも。超える対象は他人じゃなくていい。昨日の自分だけでいい。

40歳。自己最高を更新し続けていたい。これが、俺の「中年の危機」への答えだ。

 

 

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