こんにちは、ふぇにょんです。
今日は少しシビアだけれど、生きていく上でどうしても無視できない**「心」と「運気」**の話をしようと思います。
最近、ある仏教の教えに触れて、これまで何となく感じていた違和感が、ひとつの確信に変わりました。 それは――**「三毒(さんどく)」**という概念です。
この三つの毒が、現代社会、特にSNSに深く浸かった生活とどれほど相性が悪く、静かに人生を蝕んでいるのか。 そして僕は、これを理解したからこそ、SNSでの発信をやめる決断をしました。
1.人生を狂わせる三つの猛毒「貪・瞋・痴」
仏教では、人間の苦しみの根源を三つの毒に例えます。
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貪(とん): もっと欲しい。もっと認められたい。終わりのない欲望。
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瞋(じん): 思い通りにならない現実への怒り、妬み、不満。
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痴(ち): 欲や怒りに振り回されていることに気づけない、無自覚の状態。
これを現代に置き換えると、まさにSNSそのものではないでしょうか。
2.三毒を暴走させる「暇」という起爆剤
この三毒を最も強く刺激するのは、実は苦しさではなく、**「暇」**です。
脳は空白を嫌い、強い刺激で埋めようとします。そこに入り込むのが、SNSの過剰な成功演出や消費の誘惑です。 本来、仕事や使命に没頭していれば、他人の生活は気にならないはず。
暇こそが、毒の入口なのだと思います。
3.ガチャ報告という「三毒の縮図」
現代でこの構造が最もわかりやすく表れているのが、ソーシャルゲームの**「ガチャ報告」**かもしれません。
「神引きした」「○万円でコンプした」 ――それは一瞬の快感を伴う成功体験です。
けれどその裏では、
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見る側の欲望を刺激し(貪)
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比較による小さな怒りを生み(瞋)
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心が削られていることに気づかないまま、また回してしまう(痴)
という循環が静かに起きています。
さらにガチャは、「暇な時間」と驚くほど相性が良い。 待ち時間、寝る前、ほんの数分の空白。そのすべてを吸い込み、欲望と課金のループを完成させてしまう。 これは個人の問題というより、現代社会が生み出した極めて精巧な仕組みなのだと思います。
4.「羨ましい」という念の重さ
僕がSNSを離れた最大の理由は、人から向けられる嫉妬の念の重さでした。
成功の誇示は、称賛と同時に、見えない「負の感情」も集めてしまう。 それは人間関係や評価、巡ってくる機会にまで静かに影響していきます。
5.見栄は「徳」を燃やす
自慢や誇示は、せっかく積み上げた「徳」を一瞬で燃やしてしまう行為です。
本当に満たされている人は、外側に証明を求めません。 内側が静かに満ちていれば、「いいね」はただのノイズになります。
6.心の「入国管理局」をつくる
だから僕は決めました。 自分の心に入ってくる情報を、厳しく選ぶことを。
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他人の生活を覗き見ない
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自分の幸福を安売りしない
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暇を、成長の時間に変える
心を守れるのは、結局自分だけです。
SNSを閉じた先にあるもの
SNSをやめることは、何かを失うことではありません。 静かな時間の中で、本当に大切なものが見えてくる。
体を整えること。 仕事に向き合うこと。 大切な人を守ること。
その積み重ねこそが、人生をゆっくりと豊かにしていく。
「暇」を捨てる。 「見栄」を捨てる。 そして、静かに徳を積む。
画面を閉じたその先にこそ、本当の充実はあるのだと思います。
