メルカリで、中鶴カレンダーを買った。
価格は15,000円。
正直に言えば、安くはない。
でも迷いはなかった。
当時10歳だった自分には、
この一枚一枚に込められた「判断」や「技術」や「覚悟」なんて、
わかるはずもなかったからだ。
線の太さの意味も、
色の選び方の理由も、
なぜここで描き込み、なぜここで省いているのかも。
ただ「かっこいい」と感じていただけだった。
このカレンダーは1996年のものだという。
つまり、30年近く前の印刷物。
それが、驚くほど綺麗な状態で今ここにある。
30年間、大切に保管してくれていた出品者の方がいて、
その時間の先に、たまたま今の自分がいる。
それだけで、もう感謝しかない。
今、改めてこの絵を見ると、
「上手い」という言葉では全然足りない。

線は情報ではなく、リズムとして引かれていて、
色は説明ではなく、感情を演出している。
構図も、正しいというより
“気持ちいい”。
理屈で組み立てたものではなく、
身体に染み込んだ経験から出てきた判断の集積だと感じる。
このカレンダーを買ったのは、
懐かしさに浸るためではない。

これを「再現できる」と言えるほどの技術を身につけて、
自分の仕事に落とし込み、
ちゃんと今の世の中に返したいと思ったからだ。
ただ似せるのではなく、
同じ判断ができるレベルまで辿り着きたい。
10歳の自分にはわからなかった価値が、
今ははっきりと見える。
そう思える場所まで来られたこと自体が、
この15,000円の一番の価値なのかもしれない。
鳥山先生とはまた違う、洗練された技術と魅力がたまらん。。
